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広報誌・ある群像|公益社団法人 好善社

広報誌「ある群像」

好善社は、広報誌で年2回、6月と12月に発行しています。一般の寄付者、新規の寄付者に対して、好善社の活動と、ハンセン病療養所とハンセン病の正しい理解のための啓発、入所者の証言、好善社のタイ国での活動やタイ・チャンタミット社の働きを紹介しています。

好善社著
『ある群像―好善社100年の歩み』
1978年5月20日発行
日本基督教団出版局

『ある群像‐好善社100年の歩み』は、1978年5月20日刊行しました。その後、1996年「らい予防法」の廃止、2001年「らい予防法」違憲国家賠償請求訴訟の原告勝訴、2002年「ハンセン病問題に関する検証会議」の設置、2005年「検証会議による最終報告書」の提出、さらに2008年の「ハンセン病問題基本法」の成立等により、ハンセン病の問題状況が大きく変わりつつあります。療養所入所者の家族の被った人権侵害の問題も取り上げられるようになる、主に中等教育において人権問題の取り組みの一つとして、ハンセン病問題が取り上げられることも多くなる、一般社会人で療養所を訪れる人も増え、マスコミの報道も多くなる等の変化が起こっています。しかし、ハンセン病、あるいはハンセン病回復者に対する偏見と差別の本質的なところは、今も大きくは変わってはいないと言わざるを得ません。それは、2003年に起こった熊本黒川温泉旅館の入所者宿泊拒否の事件、療養所入所者の家族が受けてきた人権侵害の訴訟が敗訴になるケースが多いこと等を見れば明らかです。
こうした変化と不変化の状況とを踏まえて、また、好善社が検証会議から問われた、特に日本におけるハンセン病施策上で好善社が果した役割の問題点を踏まえて、好善社140年を越える歴史を見るとどのように見えるか。その意味で、この『ある群像-‐好善社100年の歩み』を改めて批判的に読み返す時期だと思います。なお好善社創立140年の年(2017年)には、好善社に残された膨大な資料(史料)全体の整理を全社員で行いました。
(文責:編纂委員・社員 棟居 洋)

好善社は1894年10月に、東京の目黒に私立病院「慰廃園」を開設し1942年の解散まで48年間、ハンセン病患者が安心して療養できる場所を提供してきました。『ある群像・好善社100年の歩み』では、その実態について十分な調査に基づいた記録を残すことが十分にできていません。近代日本のハンセン病の歴史を知る上で、私立病院「慰廃園」の実態を描き出すことも一つの仕事であると思っています。次に、第2次世界大戦後、好善社は国立療養所と関わり、中でも療養所教会(キリスト教)に関わってきた歩みについてももう一度、整理をしてみる必要があります。例えば学生・社会人によるワークキャンプの実施は、多くの若者にハンセン病療養所に足を踏み入れるチャンスを提供し、様々な影響を与えてきました。その働きについて記述する必要があります。そして、次の歴史編纂においては、ハンセン病を背負って生きた人々の「いのちの証」を彼らに関わったものとして、傍証することができればと願っています。
最後に『ある群像 好善社100年の歩み』刊行以後、好善社の事業の中で最も注目すべきことは、タイ国への事業展開です。1982年以来、タイに関わり、現在、阿部春代理事(看護師)を派遣して29年目となり、1987年にタイに設立された姉妹団体チャンタミット社(ハンセン病関係NGO)への財政支援・人的交流を継続し、日タイ青少年ワークキャンプ(14回目)とリユニオンを開催しています。この事業についても記録だけではなく、検証をする必要あります。(文責:編纂委員・長尾文雄)

ある群像