総勢82(タイ48名、オーストラリア15名、日本15名)のワークキャンプが始まりました。
8日、バンコクからコンケンへ。9日、ラオスチームと合流。ノンソンブーム見学。
10日、セラプーム村からプラサアート村到着、午後道路舗装作業を開始、12日午後に終了。
13日、スリンからバンコクへ、14日、プラプラデーン施設見学 15日 バンコクから帰国
第15回タイ国青少年ワークキャンプ 8月10日~12日 於:プラサート村(スリン県)
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8日:日本チーム バンコクからコンケンへ
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9日:ラオスチーム(右手前4名)と合流
セラプーム訪問 -
10日:ワークキャンプ全員集合
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10日:コンクリートミキサーでの作業
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10日:ワーク(舗装作業の準備)
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11日:道路の舗装作業の仕上げ
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11日:朝5:30の集会
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11日:子供たちに絵を描いてもらう
(関西の支援グループソロプチミストからの希望)
キャンプ全体はタータイ(チャレンジの意味)の主題のもと、ワークは10日から12日に行われました。従来の道路建設の中では最長の60メートルの道路を完成。しかもプラサート村の公道(教会の前)であるという、質も問われるワークでしたた。今までの経験、知識に加え、綿密な準備と計画性が問われる内容でしたが、タイのリーダーたちの指導のもとで、日本、タイ、オーストラリアの青年たちは力を合わせて見事にやり遂げたのです。結果としては、今までの中でも、最もと言っても良いほど充実したワークキャンプとなりました。 (2019/08/13記:渡辺圭一郎)
第15回タイ国青少年ワークキャンプ開催決定
好善社ワークキャンプの歴史
「全国学生社会人キリスト者ワークキャンプ」は1963年(昭和38年)長島愛生園でスタートした。当時の好善社は療養所教会での活動が中心で、一般入所者と触れ合う機会が少なかった。また、一般のキリスト教会への啓発活動も少なく、ハンセン病への正しい知識を知らせる十分な機会を持たなかった。
療養所教会建設計画が一段落し、長島聖書学舎の運営が軌道に乗った頃、前理事長藤原偉作は、播磨醇牧師が昭和35年(1960年)より邑久光明園で開催していた関西学院大学宗教総部学生によるワークキャンプにヒントを得て、好善社主催のワークキャンプを開催することになった。
初回ワークキャンプには、全国の大学や教会より募集した16名が参加した。当初は長島愛生園曙教会を基盤にしたキャンプ活動で、一般入所者からは「教会のお客さん」という印象をぬぐえず、キャンプそのものの在り方が問われることとなる。それ以降、参加者と入所者の壁を取り除くために、「どうしたらキリスト者ではない一般の療養者と交わることができるか?」といった課題を中心に取り組むことになる。それから活動も、特に1970年以降、療養所教会中心から療養所社会全体を対象にした活動へと変化し、最終的には「労働と聖書を基盤とし、心身を修練しながらハンセン病問題、人間関係を考える研修会」とその性格を明確にしていった。
キャンプのプログラムは凡そ下記の通りである。
- 期間は5泊6日(会によっては多少前後した)
- 労働の時間(療養所内の道路整備や清掃、施設修復等)
- 聖書の学び(毎回チャプレンと呼ばれる宗教担当者による勉強会)
- 入所者と対話の時間
- ハンセン病の正しい知識の勉強
内容は療養所自治会、教会の意向や希望、前年度の反省を聴取して決める。キャンプ開催後には「リユニオン」と呼ばれる集会を持ち、改めてキャンプの感想を述べる機会が設けられ、同時に次回の課題を見直す意見交換も行った
国内でのワークキャンプは、1998年(平成10年)開催の第60回交流キャンプまで、全国療養所13箇所のうち10箇所で開催され、延べ約1000名の参加者を数えることとなる。 1982年よりタイ国での援助活動を開始。タイ日の相互理解を深めるために1992年タイ国にて「第一回チャンタミット社・好善社ワークキャンプ」を開催し、2002年まで4回行った。
2005年からはこれまでのキャンプの精神を踏襲しつつ「タイ国青少年ワークキャンプ」と形を変え、チャンタミット社と好善社が協力して、タイ日青年を中心としたキャンプを毎年8月タイのコロニー(療養所)で開催している。





















